会津の魅力やおすすめの情報なら

大河ドラマの八重の桜で一躍有名になった会津の魅力やおすすめの情報など
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会津の魅力とあれこれ

会津の温泉

 

会津地方は県の西部に位置します。歴史的な名所が多く、伝統文化が素朴な農村風景とともにある情緒豊かな地域です。また、世界的に有名な尾瀬湿原に代表される美しい自然と豊かな森林、水資源に恵まれた土地でもあります。

 

北部には、城下町として栄えた会津若松市や蔵の町・喜多方市、民謡で「宝の山」と称される会津磐梯山とその周辺の猪苗代湖・檜原湖・五色沼。南部には、世界的に有名な尾瀬湿原に代表される豊かな自然。この環境が育んだ人と食の豊かさもまた会津の大きな魅力です。

 

なぜか懐かしい気分になれる、七日町通り

会津若松市街地の中心、大町四ツ角から西に延びる七日町通りは観光客はもちろん、全国の商店街からも注目を集めています。一時衰退した商店街が再生したのは、明治から昭和初期の繁栄を極めた時代に建てられた蔵や洋館、木造商家が奇跡的に残っていたから。大正浪漫ただよう町並みはホッとした気分にさせてくれます。通りには手打そば、田楽、イタリアン、フレンチ、日本料理などバラエティに富んだ飲食店やスイーツ店、会津伝統の漆器、絵ろうそくの店、造り酒屋などが軒を連ねています。また周辺のお寺や神社を巡る「幸せ回廊」もお勧めです。初めて訪れたのに懐かしい気分になれるまち歩きです。

 

街角の小さな史跡を訪ねよう

会津若松市は23万石の城下町。市街地の各所に史跡が点在しています。お城だけでなく、街角に埋もれている歴史的資源を訪ね歩くのも城下町の楽しみのひとつです。例えば、会津若松駅近くの大町通りには西軍墓地があります。ここには戊辰戦争時に会津で戦死した西軍兵士が埋葬されています。(会津では「官軍」ではなく「西軍」と呼んできました。)また、繁華街の神明通りの東にある興徳寺は豊臣秀吉が奥州仕置きのために滞在した寺で、境内には蒲生氏郷の墓が建っています。蒲生氏郷が今から約420年前に若松の城下を整備した時に武家町と町人町を隔てる外堀に16の郭門を設けましたが、その名残りも甲賀町口門跡の石垣に見ることができます。

 

まちなか周遊バスを利用しよう

JRを利用して会津若松駅に降り立ったら、駅前にある会津バス駅前観光案内所でまちなか周遊バス「ハイカラさん」と「あかべぇ」が乗り放題の1日専用フリー乗車券を購入しましょう。「ハイカラさん」は駅前を8時から17時30分まで(12月〜3月は17時まで)30分間隔で運行。市内の観光スポットや東山温泉近辺を結ぶコースを55分で一周します。「あかべぇ」は同様に30分間隔で「ハイカラさん」と逆方向で運行します(但し東山温泉は経由せず。)ダークグリーンとワインレッドの2台あるレトロなボンネットバス「ハイカラさん」も、愛らしいコンパクトな「あかべぇ」も城下町によく似合うと評判です。市内には他にも電車の車両を思わせるようなまちなか循環バス「エコろん号」が時計回りに走っています。観光や買い物にぜひ利用してみてください。

 

会津の温泉を堪能する

会津観光に適した温泉地と言えば東山温泉と芦ノ牧温泉がお勧めですね。会津で人気の旅館を探すなら⇒会津 温泉 ランキングでお好みの温泉旅館をお探しください。

 

東山温泉

四季折々の自然と、さらさらのお湯で観光客を魅了し続ける春は桜、初夏の新緑、秋は紅葉、冬の雪見風呂・・・・。一年中その魅力が溢れる会津の奥座敷・東山温泉は今から約1300年前、名僧・行基によって発見されたと言われ、奥羽三楽郷に数えられる歴史ある温泉郷です。人口12万人の会津若松市の中心地から車でわずか10分程度の便利な場所にこれだけの規模と歴史、豊かな美しい自然を誇る温泉地は他に類を見ません。竹久夢二や与謝野晶子などの文人・墨客にもこよなく愛された湯の街。泉質はサラサラの単純泉。四季折々の自然を満喫して癒せる東北屈指の温泉地といえます。

 

芦ノ牧温泉

かつて幻の温泉郷と伝えられた「芦ノ牧温泉」を満喫!芦ノ牧温泉は、会津若松市の南に位置する山と緑に囲まれた自然をたっぷり満喫できる玄関口として、古くから皆様に親しまれた温泉郷です。会津若松市内で観光した後でも、車で約25分でアクセスでき、旅の疲れをゆっくりと癒すことができます。温泉街に入ると「出会いの湯滝」が皆様をお出迎えし、「子宝の湯」「足湯 足ポッポ」「「散策遊歩道 いちいの小路」等でお楽しみいただけます。古く千数百年前に開設されたとされ「幻の温泉郷」と伝えられた芦ノ牧温泉をご堪能下さい!お好みの温泉旅館を探すなら此方⇒会津の温泉ランキングで好みにあった温泉旅館をチョイスして会津観光にお役立てください。

 

ならぬものはなりませぬ

大河ドラマでもよく聞いた言葉で『ならぬものはなりませぬ』があると思いますが、会津藩士の子弟教育に使われた教訓です。藩校「日新館」入学前の6歳から9歳の子どもたちは、地域ごとに組を作り、「什長」とよばれるリーダーが他の子弟に毎日この掟を訓示していました。会津藩士としての心構えを定めたもので、会津精神の基礎となりました。

 

1)年長者のゆうことに背いてはなりませぬ。
2)年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
3)戯言をいぶ事はなりませぬ。
4)卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
5)弱いものをいぢめてはなりませぬ。
6)戸外で物を食べてはなりませぬ。
7)戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。

 

ならぬことはならぬのです。

 

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